都心に建つ、築40年の一棟のアパート。その一室が、長年にわたり、他の住民たちの悩みの種となっていた。部屋の主は、50代の単身男性。ベランダにはゴミが山と積まれ、共用廊下にまで私物が溢れ出している。夏場には、閉め切られたドアの隙間から、耐え難いほどの異臭が漏れ出し、ゴキブリが廊下を這い回る光景も日常茶飯事だった。アパートの大家や他の住民は、何度も男性に片付けを求めたが、男性は「これはゴミじゃない」と主張するばかりで、全く聞く耳を持たなかった。痺れを切らした大家は、行政の窓口に相談。市の担当者が何度か指導に訪れたが、状況は改善しなかった。問題が大きく動いたのは、火災報知器の誤作動がきっかけだった。部屋から煙が出ているとの通報で消防隊が駆けつけたが、結局はゴミの熱気による誤作動だった。しかし、この一件で、消防署は「火災危険が極めて高い」と判断。行政は、ついに最終手段である行政代執行による強制撤去へと踏み切ることを決定した。当日、現場には市の職員と委託された専門業者のスタッフが集結した。ドアを開けると、そこは想像を絶する光景だった。コンビニの弁当容器、空き缶、古雑誌が、人の背丈ほどまで積み重なり、床はどこにも見えない。作業員は、まず玄関周りのゴミを少しずつ運び出し、通路を確保することから始めた。一つゴミを動かすたびに、ホコリとカビの胞子が舞い、強烈な臭いが鼻をつく。作業は一日では終わらず、数日がかりで行われた。ゴミの総量は、2トントラック3台分にもなったという。ゴミが全てなくなり、がらんとした部屋を見て、男性はただ静かに涙を流していた。この強制撤去にかかった費用、約150万円は、後に男性に請求された。この事例は、賃貸物件であっても、所有者(大家)や他の住民の安全な生活環境が著しく脅かされる場合には、行政が強制力をもって介入し得ることを示している。しかし、それは、あらゆる手段を尽くした後の、本当に最後の選択肢なのである。
あるアパートのゴミ屋敷強制撤去事例