ゴミ屋敷問題の最も深刻な側面は、経済的に困窮した高齢者が、自ら自分を放り出す「セルフネグレクト」に陥り、それが原因で死に直結する不衛生な環境で孤立している現実です。年金だけで細々と暮らす高齢者にとって、清掃業者に支払う数十万円というお金は、人生の全財産に等しい額です。それを支払うことができず、また「家族に迷惑をかけたくない」「周囲に惨めな姿を見せたくない」という羞恥心が、助けを求める声を封じ込めてしまいます。経済的ネグレクトとは、お金がないために適切な介護サービスや清掃支援を受けられず、生命維持に必要な環境を維持できない状態を指します。ゴミ屋敷化した部屋で転倒しても気づかれず、そのまま亡くなってしまう孤独死の現場の多くは、こうした経済的困窮が背景にあります。この悲劇を防ぐためには、地域社会が「お金がないから片付けられない」という高齢者の叫びを早期にキャッチする必要があります。郵便配達員や新聞配達員、公共料金の検針員など、日常的に家庭を訪問する人々が異変に気づき、行政に繋ぐシステムが必要です。また、自治体は、条例に基づく清掃支援だけでなく、本人の財産管理や福祉サービスの利用をサポートする「成年後見制度」や「日常生活自立支援事業」の活用を積極的に促すべきです。お金がない高齢者にとって、ゴミ屋敷の解消は単なる掃除ではなく、再び社会と繋がるための生存戦略です。私たちは、高齢者が尊厳を持って最期まで清潔な環境で暮らせる社会を作る責任があります。個人の貯金の有無にかかわらず、最低限の住環境を保証することは、公共の福祉の基本です。お金をかけない片付けは確かに苦労が多いですが、それを成し遂げた時に得られる自信は、これからの生活を支える大きな財産となるはずです。ゴミ屋敷の中に隠された貧困の影を直視し、そこに住む高齢者の手を、冷たい自己責任論で振り払うのではなく、温かな支援の網で救い上げることが、今、日本という長寿社会に突きつけられた大きな課題となっています。