私の実家は、玄関を開けた瞬間に鼻を突くような酸っぱい臭いと、膝の高さまで積み上がった不用品の山が広がる、いわゆるゴミ屋敷でした。そして私の母は、自分の思い通りにならないと激しく叫び、私を人格否定する言葉で攻め立てる典型的な毒親でした。子供の頃の私は、家が汚いのは自分の努力が足りないからだと信じ込まされ、学校から帰ると母の機嫌を損ねないようにゴミの隙間を縫って歩き、深夜まで1人で掃除を試みる毎日を送っていました。しかし、母は私が捨てた新聞紙1枚、空き缶1つに対しても「勝手なことをするな」「親を馬鹿にしているのか」と激昂し、せっかくまとめたゴミ袋を再び床にぶちまけるのでした。母にとって、ゴミは自分の所有権と支配力を示す城壁であり、私がそれを崩すことは彼女のプライドを傷つけることと同義だったようです。友達が放課後に「遊びに行きたい」と言うたび、私は心臓が止まるような恐怖を感じ、適当な嘘をついて逃げるしかありませんでした。家の中に自分の居場所はなく、ただゴミと母の怒声に囲まれて、自分という人間が消えていくような感覚の中で育ちました。18歳になり、大学進学を機に家を飛び出したとき、ようやく私は「普通の生活」がいかに尊いかを知りました。清潔なシーツ、カビのない壁、悪臭のしないキッチン。それらは毒親の元では決して手に入らない贅沢品でした。しかし、実家を離れてもなお、母からの電話や執拗な連絡は続き、私の心はいつまでもゴミ屋敷の暗闇の中に囚われたままでした。毒親の影響は、物理的な距離を置くだけでは消えません。私はカウンセリングを通じて、自分が受けてきた教育が虐待であり、家が汚かったのは私の責任ではないことを受け入れるまでに、さらに10年の歳月を要しました。現在、私は自分の部屋を徹底的に整え、ミニマリストに近い生活を送っていますが、時折、母の怒鳴り声が幻聴のように聞こえることがあります。毒親とゴミ屋敷は、子供の魂を物理的にも精神的にも腐敗させます。私が得た教訓は、毒親からは逃げること、そして自分の人生を彼らのゴミで汚させないという強い意志を持つことです。今、同じような環境で苦しんでいる子供たちに伝えたいのは、あなたは悪くないということ、そしていつか必ず、自分の手で清潔で静かな未来を勝ち取ることができるということです。
汚れた家と毒親の呪縛を断ち切るまでの記録